山の家

~ 家づくりから始めるスローライフ ~


自分がどんなライフスタイルを欲しているかということは、自分でわかっているつもりで、実はわかっていないことが多い。

家作りとは、その過程の中で、自分が本当に望んでいるもの、自分が本当に大事にしたいものは何か、ということを明確にしていく自分探しの旅だと思う。
山の家を建てる過程でも、自分が本当に求めているものを探し当ててうれしかったり、妻の求めているものを知って新たな驚きがあったり、家作りの様々なディテールに関わる中で、自分たちに必要なライフスタイルを深く掘り下げていくことができたのは大きな収穫だった。


ローケーション

山の家を語る上で、ロケーションは欠かせない。この土地が見つからなければ、この土地でなければ、おそらく私たちは家作りは暗礁に乗り上げていたことだろう。
もともと、街中の暮らしに辟易としていた私たちが、第一に求めていたのは、自然の中での暮らし。ただ一口に自然の中での暮らしといっても、様々な形がある。まず土地探しの過程で、自分たちが求める”自然の中での暮らし”とは、どういうったロケーションなのかということがポイントになった。


難航した土地探し

私は、もともと東京の都会育ち。公団住宅やマンション住まいなどの集合住宅での生活が長かった。せっかく自然豊かな浜松に来たのだから、どうせ家を建てるなら「浜名湖を臨む別荘のような家で、ゆったり暮らしたい」という非常に漠然としたイメージがあった。


妻の方は、どうやら最初から山での静かな暮らしを求めていたようだが、最初は湖畔の別荘地のような土地を探して歩いた。しかし、どうもイメージが合わない。そんな中で、現在の家の土地の隣の土地に出会った。当時、不動産屋に紹介された土地は、どれも今一つピンとこなかった。


そんな中でその土地は、山間のゆるやかな台地の集落の端にあった。それまで数多く見た土地では感じない、心地よさを感じた。しかし、周囲の自然に恵まれた環境にも関わらず「求めていたのは、この土地」と確信が持てるほどの決め手に欠いていた。「田舎に行けば安くて良い土地はいくらでもある」という甘い考えが打ち砕かれた。もちろん、金に糸目をつけなれば遥かに選択肢は広がったことだろう。しかし、予算の限られた私たちにはそれはできない。


建築家の慧眼が見つけたダイヤの原石

土地探しで予想外の難航して、途方に暮れていた私たちに救いの手を差し伸べてくれたのが、家の設計を依頼することになった住環境研究所所長の藤田さんだ。その当時、私たちには、浜名湖を望む宅地造成された土地と現在の家の”隣”の土地、という二つの選択肢があった。どちらも決め手に欠けていたので、迷った私たちは、藤田さんにアドバイスを求めることにした。忙しいスケジュールの合間をぬって我々の頼みを快く引き受けてくれた藤田さんと、二つの土地を回った時のことだ。最初に、湖畔を望む造成宅地に向かった。寡黙な藤田さんは、無言。次に、現在の土地の隣地へ向かった。今度は、ちょっと反応があった。そして、発した言葉が、「この”隣”の土地は良いですね」。
その当時、その隣の土地は、草ぼうぼうの段差がある斜面の旗竿地。素人目には、簡単には家が建ちそうにもない荒れた土地だった。しかし、藤田さんは、その土地にのぼって、気持ち良さそうに西側の山々を眺めていた。たしかにその土地に上ってみると、なんとも気持ちが良い。私たちが探していた土地は、「ここだ」とピンときた。まるで、埋もれたダイヤの原石を見つけたような感動だった。


早速、行きつけの不動産屋に行って、この土地が購入できないか、尋ねてみる。価格も手頃で、理想的だった。しかし、残念ながら、もう買い手が決まっているとのこと。私たちは、がっくり肩を落とした。
そんな私たちを見て、「ちょっと待ってください」と不動産屋が一応確認の問い合わせをしてくれると、なんと、我々に決めてくれるという返事が。実は、この土地の売り主は、自分の勤務先を退職した人だった。なんとも人の縁、土地の縁とは不思議なものである。

家作り

埋もれたダイヤの原石のような、この土地に決めた時点で、家作りの方向性の八割方は決まっていたと思う。「山でスローライフを楽しむ家」という方向性がおぼろげながらみえてきた。ただ、ダイヤの原石をきれいに磨き上げられるかは、私たち夫婦と建築家のセンスと努力にかかっている。
私たち夫婦が共通してもとめていたもの、


*自然と共生できる暮らし


というもっとも重要な要件がクリアできる見通しができたのが大きかった。
次に大事なのが、”音”という要素。私のライフワークの一つは、音楽制作。逆に、妻はとても静けさを求める。新幹線の線路脇のマンションに住んでいた私たちには、集中して音楽制作できる環境も、静けさ、の両方も求めることはできなかった。私は、想像力が豊になる夜遅くに音楽制作がしたい。しかし、妻は静かな夜を求める。このそう半する要求を同時に満たすことは、不可能だった。このままでは、どちらもストレスが貯まるばかり、この”音”の問題も、私たちを家作りに駆り立てた大きな要因だ。


• 静けさを楽しめる
• 好きな時間に音楽作りが楽しめる
どういう家が欲しいか、いろいろと考えを巡らす中で、「自然」、「静けさ」、「音」という三要素を満足させるということが、もっとも大切だというコンセンサスが次第に明確になった。予算は限られている。この要素を最優先させて、後のディテールをできるだけシンプルにそぎ落としていく。藤田さんとのキャッチボールが始まった。

木とコンクリートのコントラスト

自然と意味では、家の外だけなく、家の中でもできるだけ”自然”な家にしたかった。
自然に、木の家という選択肢にたどり着いた。できるだけ人工的な素材は排除したかった。床も壁も天井も無垢の杉板張りにこだわった。


音と静けさの両立という面では、斜面という地形を活かしてコンクリート打ちっぱなしの半地下の上に、木造という構造となった。半地下のコンクリート打ちっぱなしの上に木造という構造は、湿気の多い山の斜面という自然にも上手く対応できるメリットもある。また、コンクリートと木のコントラストが、それぞれの存在をより引き立たせることになった。デザインありきではなく、あくまで音、静けさ、自然という要素を融合させる設計の中で、必然的にこうしたデザインにたどり着いた。


暖房は、薪ストーブ1台で

藤田さんは、自然、山の暮らし、というテーマの中で、薪ストーブという要素を提案してくれた。私たちは、当初薪ストーブのことはまったく頭になかったのだが、藤田さんは最初のプランから薪ストーブを提案してきた。もともと、それぞれの寝室スペース、リビング、音楽室、さえあれば小さく仕切った部屋は必要ないと考えていた。半地下の音楽室の上に、大きなワンルームの木の箱が載ったシンプルな家には、薪ストーブで暖めるにはぴったり。半地下の音楽室の隣には、藤田さんは薪置き場としての使用も想定したピロティーを用意してくれた。私たち夫婦は、エアコンの不自然な冷暖房が大嫌いだ。地下の音楽室は、その性格上やむを得ずエアコンを取り付けたが、上の居住スペースはエアコンなし。冬の暖房も、薪ストーブ一台だ。


山の家のシンプルな形は、まさに「自然」、「静けさ」、「音」という要素を融合させるために、自然に導き出された形なのだ。


予算オーバーの危機を救った”トイレのドア”

当初の設計では、今の家より東西合わせて180cm幅が広かった。しかし、見積もりを出してみると、予想以上の予算オーバー。最初の見積もりが出た時点では、家作りをあきらめなければならないと思ったほど、私たちには深刻な危機だった。なにせ、土地の地形、我々の求めるライフスタイルから導き出された究極の形だ。もはや、ほかの形は考えられない。残る手段は、”家を小さくすること”。家の東西を縮めることで、全体のクオリティーを落とさずに、コストを下げられることがわかった。ところが、東西を縮めてみると、大きな問題が発生することがわかった。どうしても、1Fの納戸スペースへの入り口が付けられなくなってしまうのだ。これには、参った。できるだけ、狭い家でもできるだけモノを置かないで生活したいので、納戸スペースははずすことができない。もう一度、一から設計のやり直ししかないのか、という思いが頭をよぎった。


その危機を救ってくれたのが、藤田さんのアシスタントで当時私たちの担当のYさんのアイデア。それは、トイレの壁にドアを付けるというアイデア。絶体絶命の私たちには、”コロンブスの卵”的な、画期的なアイデアだった。土地選びと同様、このYさんのアイデアがなければ、山の家は実現しなかったかもしれない。

家を小さくしたご褒美

東西に縮小したことで、コストの問題は解決したわけだが、当然リビングの広さは狭くなる。私は、正直リビングが狭くなったことが、少し残念だった。狭くても大丈夫と自分に言い聞かせるように、狭小住宅の本を読みあさったりもした。しかし、家を小さくすることは、コストが下がるだけではない、ということが次第にわかってきた。広い家であれば、コストがある限り自分の様々な欲求を盛り込むことができる。しかし、スペースに限りがある家は、”本当に必要なもの”に絞り込む必要がある。その過程で、自分のライフスタイルを見つめ直すことができ、しかも”本当に必要なもの”が凝縮したシンプルで濃密な空間が出来上がって行くという大きなメリットがあることに気がついた。余計なものがないからこそ、本当に大事なものが輝く空間になるのである。
家が完成に近づいた頃、私たちの担当者Hさん(トイレの壁の時とは、別のスタッフ)と話をしていた時のことだ。私が、「リビングが後90cmでも広かったら良かったのに」、とポロッと漏らした。すると、こんな言葉が返って来た。
「狭くしたからこそ、駐車場の前に植栽を植えられる素敵なスペースができたじゃないですか!」
私は、思わず頷いた。玄関脇のスペースに植木屋さんが、森をイメージして植えてくれた草木の数々。この空間がなかったら、ちょっと味気ない駐車場スペースになっていたかもしれない。今やこの植栽スペースなしには、考えられない。とても貴重な空間になっている。これも家を小さくしたご褒美だ。


人に恵まれた家

家作りの過程で、印象的なのは、本当に人に恵まれたこと。建築家、スタッフはもちろんのこと、大工さん、電気工事屋さん、水道工事屋さん、左官家さん、植木屋さん、薪ストーブ屋さん、みんないい人だった。大工の棟梁も、本当に木が好きで、この家のこだわりにつきあってくれた。大工さんが苦労した作った、杉の一枚板の階段は、我が家の自慢の一つだ。いい職人さんたちに恵まれたからこそ、こんないい家ができたのだと思う。藤田さんの人柄だろうか、本当に藤田さんの周りには良い職人さんたちが集まる。

 

住んでみて

実際に半年ばかり住んでみると、この家の魅力は高まるばかりだ。自分たちの生活の中で自然との関わりが、想像以上に高まって来ている。庭で家庭菜園をはじめて、取り立ての野菜のおいしさに感動したり、薪ストーブの薪集めに山に上ってチェンソーで木を切ったり、薪割りに汗を流したり。スローライフというと、のんびり外の景色でも眺めて過ごす休日というイメージが頭に浮かぶかもしれない。しかし、週末はのんびり過ごすどころか、やることがたくさんあって、くたくたになるほど動き回っている。


そしてなんといっても、新しい家族が増えたこと。四国の徳島で放浪犬として保護されたメス犬、ビーちゃんを貰い受けた。毎日、朝夕の山の中での犬の散歩が日課になった。自然豊かな環境で、ビーちゃんも幸せな毎日を送っている。


都会では味わえない、近隣の人たちとの濃密な関わりも新鮮な体験だ。私たちの地域は、花農家が多い。家に飾る花を、近所の人からお裾分けしてもらっりすることもある。リビングの正面の向かいの土地も、アカシアの畑。アカシアの花や木々の緑も借景として存分に楽しませてもらっている。特に、春に黄色の花が満開になると、それは見事だ。
時間に気兼ねなく音楽が楽しめる環境は良い。生活が落ち着いてくると、創作意欲が自然に高まって来た。と言っても、早朝の犬の散歩があるので、夜更かしはできないが。
そして、なんといってもうれしいのは、この家に越して来たから体重が10kgほど減ったことだ。住めば住むほど、日々新しい発見があり、満足度が上がって行く。10年後20年後に、どんな家に成長させられるか今から楽しみだ。



我が家の自慢

最後に、「山の家」の自慢を挙げておこう。

• リビングの窓から大きく広がるアカシアの木々の借景
• 一枚板の杉で作られた階段の踏み板。大工さんの汗と技術の結晶
• リビングのけやきの一枚板のテーブル、仕事スペースの栗の一枚板のテーブル
• 台所上の垂れ壁。思わぬ場所にくつろぎのスペース。これも大工さんの力作
• 時間や天候に関係なく、いつでも静かなカフェのように落ち着ける半地下の音楽室
• 階段ギャラリー
• 半地下の音楽室の窓から見える空
• 外の視線と視界のバランスが絶妙な窓の配置
• 夏、エアコンなしで過ごせること
• 夜空の星が楽しめるベランダ
• 夜を演出してくれるハロゲン照明
• 庭で収穫する野菜たち
• 薪ストーブ
• 愛犬びーちゃん

一番好きな場所

私がこの家で最も好きな場所はリビングのストーブ前である。ここに座り、窓から外を眺める。明るい日の光、畑を不規則に飛ぶ様々な虫たち、その向こうに緑いっぱいのアカシヤの木々。ときどきお隣さんが現れて「今日も暑いね」と声をかけてくれる。そして夜には空いっぱいの星。これほどの星を見たことがなかったような気がする。ここに座ると時間を忘れる。これから秋も深まり、周りの山々は見事な紅葉を見せてくれる。この場所で過ごす時間がいっそう長くなりそうだ。

 

2006年9月記